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料理にすと

食べること作ること大好き!現役★給食のお姉さんの時短料理レシピ

離婚後も私を苦しめる別れた旦那の存在~忘れられない~

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私は23歳の時に離婚しました。
 
別れた旦那はお金にだらしがなく借金もあったし、その上浮気をして、相手の女が妊娠したんです。私が知った時、お腹の子どもはすでに7カ月でした。
 
前回の記事に詳しく書いたので、この先を読む前に目を通してほしいです。
 
今回は、私が離婚した後の話を綴ってみようと思います。
 
 

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2人で住んだマンション

 
離婚する時、『俺が出ていくからこのままマンションに住めば』って言われたのですが、私は断ったんです。2人の思い出がいっぱい詰まったこの部屋に1人で住むなんて、考えただけでも悲しすぎて耐えられませんでした。
 
でも、お金はきっちり請求することにしたんです。私名義で作ったローン200万の分と、私が払った彼の借金と今回の慰謝料で300万の計500万を分割で毎月5万払ってほしいと彼に言いました。
 
新しい彼氏には『弁護士を挟んでちゃんとした方がいいんじゃないか』って言われたけど、弁護士は頼みませんでした。彼のこと信じてたから。私のためにちゃんと償ってくれるって。
 
マンション売る話もありました。しかし、その部屋で彼の会社を登記してて、離婚後も彼に仕事を頑張ってほしかったから、『お金は分割でいいから』って言っちゃったんです。この事をのちに後悔することになるのです。
 
離婚の報告で彼の両親に会いに行った時に初めて知ったことですが、マンションの頭金900万は彼の親が払ったそうです。彼は自分でお金を貯めて買ったと言ってたのに、ウソだったんです。そんな見栄張らないでほしかった…。
 
離婚して引っ越すまでの1カ月は、このマンションで生活しました。出ていく前日、彼に電話して『今までありがとう。幸せにしてあげれなくてごめんね』と伝えたんです。2人で電話口で泣きました。
 
 
 

私を支えてくれた男性

 
離婚直後から相談相手の男性とお付き合いを始めました。
 
私はその人がいたから辛い経験を乗り越えられたし、休まずに仕事も行けました。『今日もがんばろうね!』って毎朝送ってくれるカワイイ絵文字入りメールに本当にこころが救われたんです。
 
その男性と両想いになって付き合えたことは、私にとって、とても幸せなできごとでした。本当なら辛い時期のはずなのに、その人のお陰で幸せな気持ちでいられました。
 
私のことを支えたいと言ってくれたその人と、幸せになりたいって本気で思ってました。
 
 

彼氏がいるのに寂しい

 
その男性は14歳年上で、精力的に仕事をしてる人で、よく全国各地へ出張にも行ってました。週2くらいで会って、いつも2人で飲みに行きましたね!お酒は共通の趣味でしたから☆
 
デートの終わりに駅のホームまで見送ってくれるのですが、バイバイするのが無性に寂しくて寂しくて、私にはたまらなかったんです。結婚してた時は一緒の家に帰るから、バイバイなんてなかったのに、デートの最後がこんなに寂しいなんて…。
 
仕事が忙しい人だったから次のデートの約束はしてもらえませんでした。だいたい突然夕方に『今日会う?』って連絡が入り、会ってたんです。初めは会えることがうれしかったけど、次第にいつも相手のペースだってことに不満を感じるようになりました。
 
会えない日は寂しくて泣いてばかりいました。結婚してた時は、彼がWワークであまり家にいなくても寂しいって思ったことなかったのに、引っ越したアパートで夜1人でいるのがたまらなく寂しかったんです。
 
彼氏の仕事終わりに電話しても、私はやっと声が聞けたっと思ったのに、サラッと用件だけで切られてしまったり、そういう温度差にモヤモヤしてました。会えなくて寂しいのは私だけなんだって。
 
 

しばらく距離を置こう

 
私は付き合ってすぐの頃、その人にある質問をしました。
 
私 :『お互い土日休みだったら、どういう風に過ごしたい?』
 
彼氏:『1日は彼女と、1日は自分の時間で使いたいかな☆』
 
私 :『私は両方一緒にいてほしい!』
 
彼氏:『わかった。努力するね★』
 
その人の中に私が介入できないテリトリーがあるのがいやでした。いつも一緒にいたかったんです。趣味でも、友だちと会うのでも、私も一緒に連れてってほしかった。別れた旦那がそういう人だったから、私にとってそれが当たり前だったのです。
 
彼氏には『ともみは恋愛依存症だよね。』って言われてました。その発言自体、私との間にはやっぱり距離があったのです。38年間独身でいた人の生活スタイルを変えるのは難しいんですよ。
 
その彼とは、なかなかゆっくりデートすることができなかったのですが、年末は仕事終わりがお互い決まってたので、どこか出かけようって話をしてました ♪  私はホテルでも取って遠出するのかな〜ってすごく期待してたんです☆
 
12月28日、仕事が終わってから横浜でデートをしました。中華街でごはんを食べて、夜景を見ながら山下公園を散歩して、とてもロマンチックでした。その日は彼氏の家に泊まりました。
 
翌朝、『これから友だちと会う約束をしてるから、1回家に帰って待ってて。後でそっち行くから。』って言われたのです。
 
正直ショックでした。何も計画してくれてなかったんだな〜ってことと、やっぱり私のことを友だちに紹介してくれないんだな〜ってことに。
 
夕方の5時くらいには行くって言ってたのに、『6時になりそう。』『7時になりそう。』『ごめん。8時過ぎちゃいそう。』って…。
 
なんでも、リサイクルショップで買ったテレビが不良品で、今日引き取りに来る手続きをしたのにまだ来ないとかで。私はなんで今日なの?って思いましたよ!そんなの他の日でいいじゃん!!って怒り爆発でした。
 
『今日を楽しみにしてたのは私だけだったのかな?そんなんだったら、今日から実家に帰ればよかったよ。』と、メールしちゃいました。
 
そしたら、『俺にはともみの寂しさを埋める自信がない。しばらく距離を置こう。年明けまた連絡する。今日のことはごめん。』と、彼氏からの返信が来たのです。
 
もう訳がわかりませんでした。確かにいつも『寂しい、寂しい』って言ってたけど、今日のことは、寂しくて言った訳じゃないんですよ!彼が私との貴重な休みを一緒に過ごしたいって思ってくれなかったことに怒ったんです。
 
いつもは寂しくても我慢してました。だからこそ今日は、ずっと一緒にいられるって前々から楽しみにしてたんです。なのに…。
 
こんな時、別れた旦那だったらって考えてました。
 
 

忘れられない

 
その後、連絡がないまま新年を迎えました。ひとこと『あけましておめでとう!』って言いたくて電話したのに取ってもらえませんでした。折り返しもありませんでした。
 
2人で幸せになりたいという想いで離婚したのに、その人の覚悟はその程度だったのかと思うと、なんとも言えない悲しさを覚えました。この時はもう、歯車がずれ始めてたんだと思います。
 
私が東京に戻ってから彼氏から連絡が来て、喫茶店で会うことになりました。きっと別れ話になるんだろうと、心づもりをして向かったのです。
 
年明け初めて会った彼からは、私が寂しい想いをするなら別れた方がいいんじゃないかって言われたのです。なんだそれっ!?って思いましたよ!私がどうとかじゃなくて、彼の気持ちが聞きたかった。私とこれからも一緒にいたいのか、いたくないのかを。
 
結局私が泣いてしまい、なんだかんだ仲直りすることになったのですが、私の気持ちはどこか冷めてました。
 
この頃から、別れた旦那のことをよく考えるようになりました。彼とは価値観がピッタリで、考えてることも一緒で、本当に居心地が良かったんです。当然のようにいつも2人でいました。
 
お互い次の日が休みなら、夜中出発で山梨へ弾丸旅行に行ったり、共通の趣味のスノボーに行ったりと、今思い出しても充実した休日を過ごしてたな〜って思います。
 
お酒や食べ物の趣味もピッタリでした。一番びっくりしたのはバナナチップを選んで食べるクセが一緒だったこと。世界中で自分だけだろうなって思ってた変な趣味が彼と一緒だったことには運命を感じましたね★
 
彼は私にとって、旦那、恋人、友だちのすべての役割を担ってくれてる人でした。彼が一緒にいてくれれば他の誰とも会わなくても私は幸せだったのです。それくらい私は彼に依存してました。その代償が次第に出てきたのです。
 
仲直り後、彼氏とデートしてても別れた旦那のことを考えちゃうんです。彼ならこういう時こうしてくれるのにな〜とか比べるようになりました。
 
私が彼のことを許せばまたあの幸せな生活に戻れるんじゃないのかなんて考えるようになり、ついにお母さんに相談したんです。
 
私:『もし私が彼とやり直したいって行ったらどう思う?』
 
母:『復縁する夫婦もいるし、ともみがそうしたいならいいんじゃないの。』
 
お母さんの言葉がうれしかった。私の気持ちを一番に考えてくれるお母さんの言葉が。
 
 
私は別れた旦那に近いうちに会って話したいとメールしたんです。しかし、彼からは予想外の返事が来ました。『ともみとは会えない。産まれてきた子どもと母親と一緒に暮らすことになったから。』と。
 
このメールを見た時、裏切られた気持ちになりました。浮気相手とは一緒にならないって言ってたのに、なんでって…。あのマンションで仕事を頑張ってくれるって信じてたから売らなくていいって言ったのに…。絶望感でいっぱいになりました。
 
 

飲み友といると寂しさを忘れられた

 
彼氏とはその後も付き合っていたけど、パッとしない毎日を送ってました。
 
そんな時、mixiのコミュニティーで調布の飲み会を見つけて参加してみたのです。小規模の飲み会で、若いノリで久々に楽しかった ♪ いつもそのメンバーで飲んでるらしくまた誘ってもらえることに!仲間に入れてもらえたことがうれしかったんです☆
 
それからは、週に3〜4日はその人たちと飲んでました。オールで朝まで一緒にいて、そのまま寝ずに仕事に行くこともあったけど、全然辛くなかった。むしろ彼らの存在が私という人間を保ってくれていたのです。寂しさを忘れられたんです。
 
飲み友だちと知り合って少しした頃、彼氏に別れを告げました。彼氏といるよりも友だちと一緒にいる方が楽しかったから。『私と別れてください。』とメールしたら、『わかった。俺はいつでもともみの味方だからね。』と、返信をくれました。
 
彼は私がいないくても全然平気なんだろうなって、やっぱり大人だよな〜って思いましたね。結局その人とは3カ月しかお付き合いしませんでした。
 
 

私が死ねばよかったのに

 
それからも飲み友だちとは頻繁に会い、しょっちゅう飲んでました。寂しさは埋められたけど、別れた旦那のことはやっぱり忘れられなかったんです。どうしても幸せだった日々を思い出しては、あの頃に戻りたいと思っていました。
 
その年の3月11日、東日本大震災が起きたんです。その時も私は学校給食の仕事をしてました。交通機関は全滅だったため、多摩市の学校から3時間歩いて無事に家まで帰って来たんです。
 
その後はしばらく仕事は休みになり、自宅待機になりました。ニュースを見てるとたくさんの人が地震による津波で亡くなってました。行方不明になった家族を探している人もいて、その姿を見てると、私が代わりに死ねばよかったのにって思ったんですよね。
 
生きていても辛いことばっかだし、彼との幸せだった思い出を胸に秘めて死ねればいいのにって。私が代わりに死んでたらよかったのにって。本気で思ってました。
 
 

ケータイ小説【シミ。】との出会い

 
それから数カ月後、私はケータイ小説である話と出会うことになるのです。
 
 
今は書籍化してます。シミ。という、ノンフィクションの小説で私と同じように浮気された女性が苦しんだ話。彼を信じては裏切られ、ボロボロになっていく彼女に自分を重ねて読みました。
 
読み終えると、私も前を向いて歩いていかなきゃって気持ちになりました。まだどこかで、別れた旦那のことを信じてた気持ちがあったんです。いつかまた一緒になれるんじゃないかってバカなことこと考えてたり。
 
この話を読んで、人間そうは変わらないって思ったんです。そして、私は決意しました。
 
 

調停を決意

 
実は、離婚の時に決めたお金はちゃんと払ってもらえてませんでした。毎月5万払ってもらう約束をしてたのに、2万しか振り込んでもらえず。しかも、全く振り込んでもらえない月もありました。
 
彼が先物取引のために作ったローンは、毎月21000円返さないといけないのに、私が立て替えなきゃいけないこともあったのです。学校給食の仕事は給料が安く、手取り15万でなんとかやってるのに、彼の借金の返済まで背負うなんてしんどかった。
 
知り合った頃からお金にだらしがなかった彼を、信じた私がバカだったんです。相談相手の男性がお金のことはちゃんとした方がいいって言った言葉通りでした。
 
私はやっと決意しました。彼にマンションを売ってもらい、500万を一括で払ってもらうことにしたのです。そのために私は、法テラスという支援団体に無料相談に行きました。
 
そして、弁護士を紹介してもらえることになりました。その費用も法テラスが立て替えてくれ、分割で月々5000円ずつを返済していくことになったのです。
 
弁護士さんに頼んだから、もう大丈夫だってそう思ってました。調停をして、ちゃんとお金を払ってもらえると。
 
これで、前を向いて歩いていくんだとこころに決めたのです。
 
 
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